Psychological Worksの運営を開始して2、3年ほど経ちましたが、その間、実に様々な「アンチ」に出会ってきました。

 

・定義のないコールドリーディングに対して定義が違うと謎の主張をしてくる
・Youtube上げた瞬間に低評価押しにくる
・サーバーに侵入してブログを消してくる(これは管理者w)

 

僕の意見は一貫して同じで、「嫌なら見なければいい」です。

 

実際、「嫌なら見ないでください」とアンチに対して言い続けてきました。

しかし、そう言われてもなんとか批判を試みようとする人たちは一定数います。

 

なぜこの人たちはそこまでしてアンチ行為を繰り返すのか?

そう不思議に思ってきました。

 

何かしら情報発信をしている人ならこのような経験はあると思います。

そこで、僕が考える「なぜアンチは批判せずにはいられないのか?」についてお伝えします。

※ちなみにここでのアンチは

 

本当は自分が…

アンチの人とやりとりしてて思うのは、「本当は自分だってもっとすごいんだ」という嫉妬心にがんじがらめにされているということです。

よく新しいビジネスを始めた人に対して「あんなこと俺も前から考えていたし」などと批判している人がいますが、これも「本当は俺が注目されるはずなんだ」という幼稚な嫉妬の現れです。

アンチの人は大した成果を出せていないのに、その人と自分が同等だと勘違いしていると僕は感じています。

 

歪んだ信念

アンチの人は歪んだ信念を持っています。

その中核は「自分だけが正しい」という思考にあります。

 

そのため、自分の考えと違う人を見つけると標的にして攻撃し出します。

そして、少し反論されると躍起になり、論理破綻していることにも気づかない主張をしてくることがあります。

 

これに論理的に反論しても謎の反論を繰り返してくるので話し合いにもならないことが多いです。

 

自己肯定感の低さ

アンチの心理はつまるところ「自己肯定感の低さ」に集約されます。

自己肯定感の低さがアンチを生み出します。

 

そもそも自己肯定感が高い人は、他人のことを批判する必要がありません。

他人のことを批判して引きずりおろさなくても日々の生活に満足しているからです。

 

他人を批判して、アンチ行為を繰り返すのは自己肯定感の低さの現れです。

 

不平等は脳にしみる

ここまで僕の独断と偏見でアンチに対する意見をお伝えしてきましたが、科学的にも考えてみましょう。

脳には感情の生まれる場所とされる扁桃体という部位があります。

扁桃体が活動することで、私たちは恐怖や不安を感じます。

そのため、扁桃体は恐怖や不安という文脈の中で使われることが多い用語ですが、実は不平等に反応する部位でもあります。

 

他人だけ成功していて、自分は成功していない。

こういう状況では扁桃体は不平等性を感じ、恐怖心や不安感を生み出します。

そして、私たちはこの不安を解消しようと動きます。

 

もうおわかりですね。

要するに、アンチ行為を繰り返す人は「自分は成功していなくて、相手だけ成功している」と不平等性を感じています。

その結果、扁桃体が活動し、恐怖や不安心にさいなまれています。

この不快感を解消するために批判したり、アンチ行為を繰り返したりするのです。

 

アンチ=かわいそうな人

では、アンチや無意味な批判を繰り返す人に対して、私たちはどう立ち向かえば良いのでしょうか?

結論はシンプルです。

アンチの事情を考えてあげましょう。

 

アンチの事情を考えると、「本当は自分だって」と思いながら能力がなく、誰にも認められず惨めな思いをしているのかもしれません。

あるいは環境的な要因のせいでそもそもスタートラインにすら立てず、苦しい思いをしているのかもしれません。

はたまた親から批判ばかりされて育ったのかもしれません。

 

このように考えると、アンチはもはやかわいそうな人でしかありません。

かわいそうな人に対して私たちは苛立ちを感じるでしょうか?

感じないはずです。

 

アンチが湧いてきたら、「アンチ=かわいそうな人」と考えてスルーしましょう。

「【アンチの心理】批判者はなぜ他人を批判せずにはいられないのか?」への2件のフィードバック

  1. なるほど…めっちゃ腑に落ちました。

    かわいそうな人たちなんですね。

    なら、腹もたちません。

    慈愛の心で許すことにします。

    1. かわいそうな人たちですね。

      事情思考でいけば怒りを感じることもありません。

      慈愛の心、大切ですね。

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