対人関係療法(IPT)とは何か?認知行動療法と双璧を成す心理療法

対人関係療法(IPT)とは?

対人関係療法(IPT)とは、対人関係に着目することでうつ病等の精神疾患を治療する心理療法の1つです。
※以下、「対人関係療法=IPT」として記載します。
 
IPT=Interpersonal Psychotherapy の略で、元は精神分析の対人関係学派から派生しています。
IPTは1960年頃からクラーマン・ワイスマンらによって開発され、1984年のマニュアルで定義づけられた心理療法です。
その後、うつ病以外の精神疾患に対応するため修正が加えられてきました。
 
これは認知行動療法(CBT)の発展の歴史に似ていますが、1990年代までIPTは臨床研究を重視していたので、CBTと異なり世に広まるのが遅れました。
一般臨床に広まり出したのは、1992年のクラーマンの死後のことです。
普及が遅れたIPTですが、長く臨床研究を行なっていたこともあり、効果に対するエビデンスが強い心理療法となりました。
 
IPTの普及は日本ではいまだに遅れていますが、国際的にはエビデンスの面から見ると認知行動療法と双璧をなすエビデンス・ベースド・アプローチ(科学的根拠のある心理療法)として知られています。
アメリカ精神医学会(APA)が示す非常に厳しいガイドラインにおいても、IPTの治療効果は認められており、うつ病に対して認知行動療法と並ぶ効果を示す心理療法として記載されています
 

IPTは日本でなぜ普及しないのか?

僕は現在、国立大学院でIPTの効果研究を行なっていますが、心理学を専門に学んできた学生でもIPTのことは名前しか知らないと言います。
論文に関しても、精神科医の水島広子先生が執筆されているもの以外はほとんど見当たりません。
これは書籍に関しても同じで、水島広子先生以外に学術書を書いている人はいません。
 
一方で認知行動療法(CBT)に関しては、「猫も杓子も」状態で論文や書籍は数え切れないほど存在しています。
なぜ CBTに比べてIPTは日本で普及していないのでしょうか?
IPTが日本でなかなか普及しない理由は、おそらくIPTの治療モデルがわかりにくいからです。
 
一方、CBTのモデルはとてもわかりやすいものです。
以下の画像はCBTの代表であるエリスの論理療法を説明するモデルです。(以前CBTセミナーで使用したものです)

エリスはABCモデル(ABCDEモデルとも言う)を想定しました。
「A:逆境」を受けた時、「B:信念」がどのようなものであるかによって「C:結果」が生じると考えました。
 
例えば、「A:失恋」で「C:ストーカー犯罪を犯す」という状況が起きたとすると、論理療法では「B:信念」がまずかったと考えます。
・「B:誤った信念」=「〇〇ちゃんは僕のことを愛し続けなければならないんだ!」
このような誤った信念のことをエリスは「非合理的な信念」(Irrational Beliefs)と呼びました。
 
エリスの論理療法ではこの「非合理的な信念」に働きかけることで、「非合理的な信念」→「合理的な信念」(Ex.振られたことは悲しいけど、世の中にはたくさんの女性がいるから大丈夫!)に変えます。
これが論理療法の考え方です。
 
モデルが明確でわかりやすいですよね。
論理療法に限らず、認知行動療法はモデルが明確でわかりやすいものです。
この「わかりやすさ」が対人関係療法には足りていないと感じます。
 

IPTの治療モデル

IPTの治療モデルはわかりにくいものです。
ざっくり言うと、重要な他者との関係を見直すことを通して治療を行うのがIPTです。
 
IPTの基本には「症状と対人関係問題の関係」を理解することが据えられます。
IPTは初期・中期・終結期の3過程を経て行われます。
 
IPTのセッション数は12~16回が基本で、短期療法に分類される心理療法です。
以下に詳細を述べます。
 

初期(3~4セッション)

まずはクライエントの病歴を聞き取り、「病者の役割」を与えます。
「病者の役割」はクライエントに「病者の仕事は治療することである」と認識させるために行われます。
 
なぜクライエントに「病者の役割」を与えるかというと、IPTが医学モデルを採用しているからです。
医学モデルとは、「治療はあくまで病気を治すために行われる」という考え方のことです。
IPTは「病気を治す」という目的を明確に持つ心理療法です。
IPTはうつ症状の減少など、薬と同様に病気に対しての治療であるという姿勢を崩さないのです。
 
「病者の役割」を設定したら、対人関係質問項目を聴取します。
対人関係質問項目では、主に病気に関連したライフイベントを見つけることを目的とします。
 
対人関係質問項目には特定の形式があるのではなく、治療者が治療に必要であると思われる項目を徹底的に聞き出すものです。
具体的には、
①接触の頻度と共にする活動
②その関係性においてのそれぞれの期待・満足度
③やり取りの具体例
などを聴取します。
特にIPTでは③の「やり取りの具体例」を重視します。
 
対人関係質問項目を聴衆できたら、4領域から主要な問題領域を決定します。
これを対人関係フォーミュレーションと呼びます。
 
問題領域は、以下の4つから選択します。
①悲喪
②対人関係上の役割をめぐる不和
③役割の変化
④対人関係の欠如
ここまで来たらクライエントと治療契約を結びます。
 

中期(9~10セッション)

中期では初期で治療契約を結んだ4つの領域のどれかに取り組みます。
 

①悲喪

悲喪はクライエントが大切な人と死別したという場合のみ扱います。
悲喪で扱うのは「歪んだ悲喪」です。
 
悲喪のプロセスは、
・否認(死を認められない)→  絶望  (あの人がいないと生きていけない)  →  脱愛着(徐々に他の対象に意識が向く)
を経ます。
 
「歪んだ悲喪」は「否認」からプロセスが進行しません。
通常、死別体験は2〜4ヶ月で落ち着きます。
それ以上、社会生活に支障をきたす場合、悲喪として治療を進めます。
悲喪の治療では事実を詳細に聞き出し、当たり前の感情を引き出すことで悲喪のプロセスを進めることを目指します。
 

②対人関係上の役割をめぐる不和(不一致)

※以下、不和は不一致と考えてください。
元々この領域は、配偶者との不和を想定している問題領域です。
 
クライエントと重要な他者との期待がズレていることで、うつ病等の症状に繋がっている可能性がある場合「対人関係上の役割をめぐる不和」の領域が選択されます。
不和の治療でポイントとなるのは「役割期待」と「コミュニケーション」の2つです。
 
「役割期待」については、お互いの期待が現実的なものであるのかを検証します。
「コミュニケーション」については、伝え方が効果的なものになっているのか検証していきます。
 
不和の治療においてはクライエントが、
・不和は「役割期待のズレ」から生じていること
・「自分の期待」「相手の期待」をそれぞれ理解できること
を目指します。
実際には、治療者はクライエントの具体的なやり取りに対して質問をしていく形で治療を進めていきます。
 
IPTにはコミュニケーション分析という技法があります。
コミュニケーション分析では、クライエントに過去のやり取りをできるだけ思い出してもらいます。
これによりクライエント自身が客観的に「役割期待のズレ」「コミュニケーションの貧弱性」に気づくようにします。
 

③役割の変化

役割の変化を伴うような生活上の変化が生じ、その変化に上手く適応できないことでうつ症状等が起こっている場合、役割の変化を問題領域に設定します。
具体的にはリストラされたり、離婚したり、病気の診断を受けたりなどが挙げられます。
 
それまでの努力の方法ではどうにもならない場合など、古い役割を捨て、新しい役割に適応していくように治療を進めます。(Ex.子供の役割→大人の役割など)
役割の変化は「役割が変化した」ということに気づいてももらうだけでも治療効果が高いことが知られています。
クライエントに「役割が変化した」ことに気づいてもらうと共に、新しい役割のネガティブな面、ポジティブな面(または自分でコントロール可能な面)を検討し、「新しい役割にもポジティブな面がある」ことを見出すように治療を進めます。
また、変化に伴う感情に注目し、感情の励ましを行います。
「役割が変化した」ことに気づき、新しい役割の中でのポジティブな面やコントロール可能な面に気づくことが、「役割の変化」領域の治療の中心となります。
 

④対人関係の欠如

現在、この領域はほとんど使われておらず、①〜③の全ての領域に当てはまらない場合のみ扱われています。
これはIPTが現在進行中の対人関係に焦点を当てて治療する方法であるため、すでに対人関係が存在しないという対人関係の欠如の領域は扱うことが困難だからです。
対人関係の欠如の治療目標は、クライエントの社会的孤立を防ぎ、新しい人間関係を構築していくことです。
過去の重要な他者との関係を検討し、繰り返される失敗パターンを発見し、これらを教材として新しい人間関係が構築できるように治療者とロールプレイ(ロールプレイもIPTの主要な技法)などを行なって治療に繋げます。
 

終結期(2~3セッション)

終結期には治療を振り返り、抑うつ症状・対人関係の変化を確認します。
再発に向けての注意を話し合い、必要であれば追加治療を検討します。
また、再発防止のために治療者はクライエントと「うつ病再発の兆候が見られたら、具体的に何をするか」を話し合います。(Ex.兆候が見られたら治療者と連絡を取る等)
 
この終結期のセッションがあることで、IPTは予後が良い心理療法として知られています。
実際、予後の良さではCBTを上回る治療領域もあることが研究で示されているほどです。
 
以上、IPTを概観してきましたが、いかがだったでしょうか?
やはりIPTは難しく感じられた方が多いのではないかと思います。
 
しかし、IPTは実践的であり、効果的な治療法です。
臨床家であってもIPTは深く学ばないと実践は困難ですし、ちょっと学んだだけで実践できるほど簡単ではありませんが、十分学ぶ価値はあるでしょう。
 
あくまで現在の対人関係に着目する。
その上で、期待のズレやコミュニケーションのまずさを治療対象とするIPTの考え方は興味深いものです。
 
本記事がIPTを学ぶきっかけとなれば幸いです。
 

参考文献

M.M.ワイスマンら(2009). 対人関係療法総合ガイド 岩崎学術出版社
M.M.ワイスマンら(2008). 臨床家のための対人関係療法クイックガイド 創元社
水島広子(2012). 臨床家のための対人関係療法入門ガイド 創元社
 
●一般読者向け

 
 
●臨床家向け


 

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